ざっかけないマンガたち

ちょっと変わったマンガを紹介します。

新川別荘団地(青葉区新川石橋・土手下)

前回まで紹介してきた西仙台ハイランド団地を通り過ぎ、国道48号をさらに西進していくとニッカウヰスキーの工場が見えてくる。この交差点を左に曲がり、のどかな農村を進んでいくと目指す新川別荘団地への入り口に到達する。「別荘」なのか「団地」なのかよく分からない名称を用いているのだが、これは別荘内に位置する「新川別荘団地汚水処理場」という施設名から辛うじて特定した団地名である。この別荘地の隣には「エバーグリーンにっかわ」という団地があり、当初どちらも同じ団地と思っていたのだが色々と資料にあたるうち実は異なるということが分かった。今回はこの新川別荘団地を紹介していく。

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ここが今回の訪問地「新川別荘団地」である。

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仙台市青葉区宮城地区平成風土記』(2003)より新川地区の地図を抜粋したもの。単に「別荘地」とだけ記されている。

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国道48号からはニッカウヰスキーの巨大な看板が目印となる。

別荘といえば高原のリゾートや湖畔のペンション、または温泉地の隠れ家といった風光明媚で人里離れた立地・建物が真っ先にイメージされる。そうした由緒ある別荘地に便乗して、一大リゾートブームに沸いたバブル期はそれまでほとんど無価値であった山林や原野までもが盛んに開発されたわけだが、バブル崩壊とともに多くの別荘地は荒廃の一途を辿っており、空き家や不法投棄、資産価値の暴落といった難題に直面している。

新川別荘団地は後者のいわゆる新興別荘地としての色合いが強い。平野の雑木林を乱雑に切り開いただけの立地は、作並温泉や閉業した仙台ハイランドに近いという利点を除けば農村集落の一画でしかなく、山々や田園に囲まれていながら碌な眺望も望めないという致命傷も負っている。

 また、国道48号と結ばれているのはニッカウヰスキー隣の「ニッカ橋」のみで、作並温泉へ赴くためのアクセスが特段優れているわけでもない。作並温泉の特徴として、南北に細い河岸段丘沿いへ旅館が点在することから温泉街が形成されず徒歩での散策には不向きであり、その上残念なことに日帰り温泉の料金が高く利用時間も著しく制限されていたりと日常的に利用できるメリットが極めて乏しい。

 それではウィンタースポーツがどうかというと最寄りのスノーパーク面白山は2009年から休止状態となっており、秘境駅で有名な面白山高原とのセットで時折訪問するのがマニアしかいないという現状である。さらに冬季は接道が除雪されないことから車でのアクセスは不可能となり、全国でも唯一の鉄道でしか行けないスキー場として別の意味での知名度を誇っている。とある不動産屋のHPには新川から「アクセス良好」と書いてあったが、仙山線へ乗ることが前提な上に駐車場が整備されていないはずの作並駅へ駐車することをおすすめしている時点で色々と香ばしい記述である。

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作並温泉へ行くには大きく迂回することになる。

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おじさん構文と鬱陶しい絵文字にまみれた不動産屋のHP。新川別荘団地に言及した数少ない文献の一つである。

 新川別荘団地に話を戻そう。まずは団地入口を見ても目印が何一つ存在しないことに気づく。住人以外はあえて通行することもないため当然ではあるのだが、たとえ虚栄でもリゾート感を醸成する何かしらの努力があってもよかったのではないか。これでは農村にありがちな公道なのか私道なのかよく分からない道と大差なく、少なくとも別荘と名乗れる情緒は皆無である。

この道を進むと三叉路へ面する空き地に出会うが「売地」と荒々しく手書きされた粗末な看板が立っており、早くも別荘の興趣を削ぎにかかってくる。こうした粗野な有様も殺風景な印象を際立たせており、限界ニュータウンとの類似性が浮き彫りとなる。

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農村によくある細い小道を進んでいった先が別荘地である。

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道路沿いに小さな看板が立っているが、別荘地に供されたものではない。柱には「ふるさと緑の道」と書いてあるのが辛うじて読める。

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所有者自身が書いたと思われる粗野な看板が立っており、殺風景な印象をさらに強化する。

次に団地名を特定する手がかりとなる電柱札をチェックする。東北電力の札には「石橋枝線(しせん)」、NTTの札には「新川団地」と書かれていた。更なる証跡を求め団地奥に進むと川のほとりに汚水処理施設があり、フェンスへ付けられたプレートに「新川別荘団地汚水処理場」と書いてあるのを見つけ、ようやく団地名が判明した。

ここで疑問となるのが過剰ともいえるインフラ整備の理由についてだが、調べてみるとこの別荘地は「広瀬川の清流を守る条例」によって支流である新川川流域と共に環境・水質保全区域に指定されていることが分かった。この条例によって、新川別荘団地は非線引区域にも関わらず明らかにオーバースペックなインフラを保っているのだが、そもそもこんな辺鄙な場所に団地さえなければ無用の設備投資は避けられたはずである。哀れな縦割り行政によって、同じ庁舎の都市整備局都市計画課は非線引を理由に等閑視し、仕方なく建設局河川課がその整備を担うことになって毎年の定期点検、老朽化した部品の更新、ときには草刈りと悲壮感漂う業務に邁進する内幕まで想像され、その徒労と哀惜は錆びついて判読が困難となった「新川別荘団地」のプレートにまざまざと刻印されている。

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電柱札をチェック。今回は団地名の特定に至らなかった。

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団地奥に設置された大がかりな下水処理場団地の規模に比して明らかに過剰投資である。

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錆びたプレートの刻印でようやく団地名が特定された。この風景にインフラ整備の哀愁を感じるのは私だけだろうか。

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この下水処理場のおかげで美しい新川川の清流が保たれている。

団地名の特定に手間どり団地奥側からの探索となったが、奥へ進むほどに雑木林はより鬱蒼として、清流のせせらぎと鳥のさえずりに耳を澄ませば都市の喧騒も消え去り、いつの間にか理想の森林浴を楽しんでいる。木立に囲まれた家々を眺めると流石に別荘といえなくもない風情が感じられ、木の間から差す日光も清々しい。しかし住人の管理が行き届いている家は2、3軒ほどであり、他は長年放置され損傷が甚だしい家屋ばかりである。屋根にブルーシートが掛かっている家は雨漏りによって腐食が進行しているだろうし、傾斜地に無理やり建てられた家は素人目でも基礎が危うい。

障子がボロボロに破れた空き家のそばには、あろうことか大量の廃車が投棄された区画も存在する。水質保全にいくら気を配っていても、こんなゴミクズが放置されていては廃油の流出や出火による土壌汚染のリスクを生じ、別荘地の景勝保護にとっても由々しき問題なのだが、私有地をどのように使っても自由とされる現行法上せいぜい遠巻きから忌々しく眺めるほかはなく、数少ない住人の悩みの種となっていることだろう。

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数少ない築浅の住居。外壁と屋根の色が不釣り合いでつまらないデザインだが、このロケーションによって何だか良さそうに見えてくる。

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ブルーシートで屋根を覆った家。恐らく腐朽がかなり進行している。

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傾斜地の家。全てをやり直した方が良さそうに見えるが気のせいだろうか。

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障子がボロボロに破れた空き家。こうした無住の家が不法投棄の呼び水となっている。

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大量の廃車が投棄され、別荘地の景観を台無しにしている。

この新川別荘団地は物件情報がネット上へ豊富に公開されており、現時点で少なくとも6箇所の掲載があった。最安価格は100坪180万円から始まり、坪単価6.99万円のバグった土地までバラエティ豊かな商材を取り揃えている。法外な坪単価を設定している物件は「リアル不動産販売」の立て看板が現地に設置されており、どうせ売る気がないなら検索ノイズになるばかりなのでさっさと消え去ってほしいものである。
値段だけ見れば西仙台ハイランド団地とさして変わるところはないのだが、新川別荘団地はほぼ全ての土地で整地が必要となり、まず高木の伐採、低木とツル植物の駆除、そして地盤改良と建てるまでの工程が非常に煩雑である。土地の境界も曖昧な可能性が高く、建築業者によっては色々な言い訳を拵えて体良く門前払いしてしまうのではないだろうか。

それならばと今流行りの空き家リノベーションを考える向きもあろうが、面倒な問題を抱えた現況有姿物件ばかりでおすすめはできない。坪単価6.99万円で1,230万円の土地は朽ちた作業小屋と仮設トイレが放置されており、前入居者の粗雑さが窺え購買意欲を減退させる。奥の小屋をよく見ると、団地手前に設置されていた手書きの看板に筆跡が酷似した「売地」の看板があり、所有者が同一だとしたらどのような理由で飛び地を所有しているのかも気になるところである。

最高値物件の斜め向かいにも、家を取り囲むようにトタンを並べた物々しい物件があり、入り口の門は今にも崩落しそうである。緑豊かな別荘地に無機質な鉄板は明らかに異質であり、周囲と溶け込むことができない所有者の狷介な性格までもが垣間見えるいわくつき物件となっている。

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最安価格の物件。

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最安価格を提示している物件の現況。整地必須である。

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再びリアル不動産販売の看板が出現する。

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平然と法外な価格を提示している。



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リアル不動産販売の看板が立つ最高値物件。

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アットホーム掲載の写真では巧妙にトリミングされているが、真ん前に朽ちた作業小屋と仮設トイレが鎮座している。

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団地手前にあった看板とよく似た筆跡である。「売地」の「也」の書き方に特徴がある。

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トタンで物々しく取り囲まれた物件。門は崩落寸前である。

最後に、この別荘地唯一の売りである森林の植生を素人ながら観察してみたい。樹々を見ると、高く生長し林冠を閉鎖し尽くしたコナラが目立ち、時折アラカシが侵入しているといった典型的な施業放棄森林の様相である。この鬱閉と落葉・落枝の堆積による土壌の富栄養化で他種の萌芽更新は妨げられ、見るからに鬱蒼として日照が貧弱なだけでなく代わり映えのない極相林が形成されてしまっているのである。下刈りされていない林床にはチシマザサが生育しており、クズと絡み合いながらその樹高を競いつつ上へ登っているため、目線の高さには薄汚い群落が映る始末である。
開発以後長年にわたり施業されていないことは明白で、このまま放任すれば寿命を迎えたコナラは枯死し、やがて付近の農家からモウソウチクが侵入するとその急激な占有になす術もなく、ただの竹林へ遷移していく可能性が高い。実は一刻の猶予もない危機的状況に陥っているのだが問題意識だけあっても実行はなし難く、結局のところ何もやれることがないという諦念が雑木林一面に漂っている。残念ながら、観賞価値は極めて乏しく今後の救済も全く望めないというのが私の評価である。

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枝打ちされず道路にまでしな垂れかかった樹木。日照は極めて悪い。

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林床にチシマザサが生育している。本来は日照を好むが、ある程度暗くても生育し地下茎を伸ばしてどこまでも侵食していく。

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クズとススキ、チシマザサが競合し、汚らしい群落を形成している。

憧れの別荘ライフは一にも二にも土地選びと周辺環境の見定めから始まる。新川別荘団地が選択肢の一つとして「選ばれ」、「明るい森林」へと還るためには余りにも難題が多い。
次回もどこかの別荘地を訪れようと思っています。