教養悪口本(堀元見)
『教養悪口本』(堀元見)を紹介します。嫌な奴に会った、嫌な目に遭った……全ての下らなさと戦える“武器”が、ここにある。
世の中は嫌なことで満ちている。ちょっとイライラしたり、むかついたり、そんな出来事に対して直接的に罵る言葉が溢れているのもまた事実である。しかし、インテリはそんなことをしない。本書では「教養」と書いて「インテリ」と読むが、インテリは罵るのではなく揶揄する。「インテリ悪口専業作家」、「インターネット芸人」を自称する堀元見の初の著書『教養悪口本』はそういう意地の悪い本である。
インターネットに氾濫する悪口がつまらないのは、そこに知性もユーモアも宿っていないからである。不快さを、楽しさや知的好奇心に変えられるのが正しい悪口の効能であり、筆者は「インテリ悪口」と称してインターネットに書き溜めてきた。嫌なことがあったとき、インテリ悪口を使うことで溜飲も下がるし、笑い飛ばすこともできる。そして少しだけ勉強になる。そんな本を目指したという。
第1章から第6章までの各章では、様々なシチュエーションごとのインテリ悪口がまとめられている。
第1章「職場編」
第2章「友人・知人編」
第3章「飲み会編」
第4章「娯楽編」
第5章「恋愛編」
第6章「ネット編」
いずれも私達が生活する上でなくてはならない場所である。しかし日常生活を送る場であるからこそ、嫌な奴に出会い、イライラは募っていく。そういうシチュエーションに遭遇したとき、どんなインテリ悪口で凌ぐべきかが詳細に書かれている。
おそらく、嫌な気持ちはダイレクトに言う方が明るくすっきりしてしている。この本の表紙にしても、白地に金の題字が光る一見ビジネス本のような体裁を取りながら中身は悪意に満ちており、知らずに手に取ったビジネスマンは肩透かしを食らって憤慨するかもしれない。著者の思惑どおりであろう。嫌な本だなあ……。
さらに、紹介されている悪口には2つの分類がある。
一見悪口に見えないサイレント悪口
初心者でも使いやすいインテリ悪口
サイレント悪口とは、悪意があまり目立たず瞬時に理解されにくい悪口のこと。より腹黒い悪口のことをいう。
初心者マークの付いた悪口は、多義的であるため広い用途が考えられる悪口である。いつでもどこでも使いやすいのが特長。
紹介されている悪口には使用対象が最初に載っている。この使用対象がそのまま語義になっているのが面白い。そして、悪口の歴史的背景や専門的な解説を書いて、最後に参考文献を必ず載せているのも偉い。参考文献は複数載せていることもあり、ときには一般の書籍に限らず論文も引いている。豊富な読書量に裏打ちされながら読んでいて難しいという印象は無く、文章の巧みさを感じる。要点を掴むのがうまいのだろう。よくあるビジネス本には無駄な太字が多くてうんざりするが、この本では太字の使い方もきちんと考えられていて、面白い箇所、ダイレクトに要約した箇所へ適切に使われている。
そして解説の後に使用例がある。
むかつくシチュエーションが設定され、嫌な奴がしゃべってくる。そこへすかさずインテリ悪口を使う。以下は私が特に面白いと感じたインテリ悪口である。
第1章「職場編」
「植物だったらゲノム解析されてる」
第2章「友人・知人編」
「鹿鳴館精神を身につけてる」
第3章「飲み会編」
「先祖が汚かった」
第4章「娯楽編」
「プロールの餌」
第5章「恋愛編」
「ナポレオンっぽいね~」
第6章「ネット編」
「世界で一番大きな花だね!」
一見しただけでは意味不明である。発言の真意はぜひ本書を読んで学んでほしい。
こんなことを言われたところで、インテリではない相手に意味は伝わっていない。しかし意味を理解している自分にとっては立派な悪口であり、自らを防衛することに役立っているのである。インテリ悪口は意味が分かったときに初めて腹が立つ悪口であり、腹黒く、韜晦趣味に通じた教養人のための共通言語である。
(出典)『教養悪口本』堀元見 2021 光文社
ポッドキャストでも紹介しています! ぜひ聞いてみてください。