ざっかけないマンガたち

ちょっと変わったマンガを紹介します。

新古書ファイター真吾(大石トロンボ)

絶対に負けられない戦いが(ブック◯フ)にある……!?

勝っても負けても楽しい、それがブック◯フ。

www.libro-koseisha.co.jp

『新古書ファイター真吾』は「ブックオフあるある」に関わる4コマを集めた本です。掲載された媒体は『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の他、Twitterやnote、ブックオフ30周年記念公式サイトなどで、2015年から2023年までの間断続的に更新されてきました。ブックオフあるあるにバトル要素を盛り込んで、すごく変になってます。もちろん褒め言葉です。

著者が専業のマンガ家ではないこともありますが、初出の2015年から出版までの期間の長さを考えると1冊の本としてまとめて読むことができるようになったのはとても贅沢なことかと思います。正直、この手のマニアック系のマンガが本になるのは珍しいことです。おそらく、この本が生まれるにあたって、関係者からも強い後押しがあったのでしょう。その辺りの事情はあとがきでも触れられていますし、販売開始後は様々な書店で特設コーナーが作られ、早速重版もなされたところも見ると、すさまじい愛されっぷりです。

分かる人には分かるブックオフあるあるを一冊の本丸ごとで読めたことは、久々に再会した旧友と飲み交わすような体験というか、とても懐かしい気分に浸れるものでした。このマンガを読んだ人は、自分にとっての懐かしいブックオフの思い出を呼び起こされて「この本面白いよ!」と拡散したくなる、そんな魅力が込められているような気がするのです。

著者の大石トロンボについては、プロフィール*1にこのように書かれています。

1978年静岡県生まれ。本と漫画をこよなく愛すサラリーマン漫画家。ブックオフ愛好家。古本戦士の戦いとライトな古本探しの楽しさを描いた新古書店あるある漫画『新古書ファイター真吾』の他、主に本にまつわる漫画をTwitterやnoteで発信中。ブックオフを楽しむWebサイト『ブックオフをたちよみ!』に漫画を寄稿。共著に『ブックオフ大学ぶらぶら学部』(夏葉社)がある。

私がこの著者を知ったのは『ブックオフ大学ぶらぶら学部』(夏葉社)が初めてでした。この本はブックオフに文字通り狂った方々が、ブックオフへの思いの丈を熱く深く語った素敵な本で、新古書ファイター真吾の四コマも載っています。『ブックオフ大学ぶらぶら学部』のメインであるエッセイの方は特定の年代向けに書かれており、当時の空気を知らない身として読み飛ばしてしまうところもあったのですが、新古書ファイター真吾は良い意味でブックオフあるあるを抽象化していて、より多くの読者の共感を誘う内容でした。

『新古書ファイター真吾』はブックオフあるあるだけでも十分に楽しめるのですが、一応マンガとしてのストーリーもあります。第1話と2話のエピソードを、仮面ライダーのナレーション風に書いてみると凡そ次のようにまとめることができます。

新古書ファイター真吾は、新古書店ブックエフでお得な本を買うために日々奮闘する孤高の戦士である。そんな新古書ファイターを脅かす悪の秘密結社、せどりが近年出没するようになった。国民総せどり化計画を企むせどり。新古書ファイターはお得な本のためにせどりと戦うのだ!

新古書ファイター真吾は、ブックエフで戦うための様々な秘技やテクニックを持っています。この秘技やテクニックというのが戦士を名乗るにはあまりにもセコく、笑えます。

新入荷センサーアイ:

均一棚全体を見ただけで前回来店時から新たに入った値下げ本だけを神通力で光らせて視界に入るようにする特殊能力。頻繁に店に通い、棚の全てを頭に入れている古本戦士だけが手にすることができる。

間引き:

名作や気になっていた本がどれも100円で見つかる「当たり」の日に、限りある資金と限りある部屋のスペース、積み本達たちのプレッシャーを考慮し、全ての本を買わずにあえて選別すること。帰宅後に必ず後悔する。

古本ツンデレ

今までお気に入りだった店舗にオーラが無い(品揃えが悪く自分的に何もほしいものが無い)ときに、「ここはもうしばらく来ないかな……」とあえて突き放す行為。他の店舗を巡り尽くすと「そろそろいいんじゃないかな」と再び気になってくる。

新古書ファイターにとっての最大の敵はせどりです。せどりとは主にブックエフで安く仕入れた本をネット上で転売し、その利益で儲ける人間であり、純粋な本好きにとっては唾棄すべき存在といえます。せどりたちに対し新古書ファイター真吾は、絶妙な加減で肩を寄せて無言の圧力をかける「ショルダーアタック」など、直接対決は避けながら微妙な嫌がらせで対抗します。

実はせどりたちも、仕入れを別にすれば純粋な本好きであり、ときにはダークサイドに堕ちるまでの秘話も語られています。せどりたちも単なる悪ではなく、複雑な心持ちを抱えた悲しい存在だった――。せどりの所業は実に憎たらしいのですが、彼らの心理にまで踏み込んで、そのうえで正々堂々と勝負を挑む新古書ファイターの勇姿を、ぜひ本書で確かめてほしいです。

『新古書ファイター真吾』のネタは、ブックオフに足繁く通う庶民であれば全ページに共感できると思います。本が好きで普通の人よりもたくさん本を買っている、しかし金銭的な事情で新刊ばかりを買うことができない。本の収納スペースはもはや容量オーバーで、積読本ばかりが増えている。そして、ブックオフで本を買うことが好き、ブックオフの空間そのものが好き、ブックオフへ行くための過程すらも好き。そんな全ての人々にとってここに描かれているのは俺だ!」となるはずです。

『新古書ファイター真吾』大石トロンボ 皓星社 2023年5月21日