ざっかけないマンガたち

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限界ニュータウンー荒廃する超郊外の分譲地ー(吉川祐介)

 限界ニュータウン探訪記」の管理人、吉川祐介氏の単著『限界ニュータウンー荒廃する超郊外の分譲地ー』を紹介します。すごいですよこの本。

『限界ニュータウンー荒廃する超郊外の分譲地ー』は、千葉県北東部の超郊外団地に移り住んだ筆者が「限界ニュータウン*1」の現状を克明に綴ったルポである。

プロローグでは、元々東京に住んでいた筆者夫妻が自家用車での通勤を前提とし千葉県郊外への移住を決めたこと、そしてブログ「限界ニュータウン探訪記」の執筆に至った経緯が記されている。

物件選びの条件は「価格の安い順」の一択。表示された物件を取り扱い業者の手を介さずめぐっていくうちに「奇妙な光景」を目にすることとなる。

ほとんど管理もされず、もはや雑木林と化しつつある荒れた住宅地。広大な畑のど真ん中や、鬱蒼とした杉林のあいだの細道の奥深くなど、意味不明なニーズに応えて開発された、常識はずれの立地。鉄道駅どころか、路線バスすら来ない交通空白地帯に建つファミリー住宅。人や車の往来もほとんどないような茂みの奥にひっそりと立つ、問い合わせがあるのかも疑わしい「売地」の看板。空き地や路上に投棄されたゴミや廃車。舗装がはがれ、陥没してボロボロになった私道。築三十年にも満たないと思われるのに、すでにツタがからみつき、雑草に埋もれてしまった空き家の数々……。

郊外の至るところに点在する衝撃的な光景をきっかけに、物件選びのかたわらブログ「限界ニュータウン探訪記」を立ち上げ、問題だらけの分譲地をケーススタディとして紹介してきた。Twitterアカウントの開設を機にアクセス数は飛躍的に伸び、請われるままネット記事の執筆も手掛けている。2022年にはYou Tubeへの投稿を開始、人気の動画は本記事執筆時点で100万再生に届く勢いである。

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いよいよ「限界ニュータウン」が本業となりつつあるなか、ついに念願の単著として上梓されたのが本書『限界ニュータウンー荒廃する超郊外の分譲地ー』である。

第1章「限界ニュータウンとはなにか」では、高度経済成長期の開発ブームで投機を目的に分譲された土地が、バブル景気で再び住宅地として注目を浴びることになった経緯が書かれている。結局のところその試みは虫食い的に限界ニュータウンを乱造し、現在の惨状を生み出す原因となった。注目すべきは筆者自身が撮影した写真とドローンによる空撮写真の数々である。田園風景に突如として現れる空き地だらけの分譲地、道路が舗装されていながら森林へと還りつつある放棄地、無惨に倒壊した給水塔の残骸、放棄されサビだらけとなった集中井戸設備、雑木林の奥にひっそりと佇む売地の看板、悪意に満ちた当時の新聞広告など、限界ニュータウンの偽らざる現状を包み隠さず伝えている。カラー写真でないところは少々物足りないが、前述のブログとYou Tubeでよりリアルな光景を見ることができる。

第2章は筆者自身の限界ニュータウン移住記であり、物件選びのコツや実際に住むうえでの様々なアドバイスを列挙している。非常に特殊な住環境のため不便さと労苦を挙げればきりがなく、万人には決しておすすめできないが、未開の地を気ままに開拓していくかのような魅力があるという。

第3章は限界ニュータウンの貴重な活用事例の紹介。限界別荘地に対して特異な情熱で挑む親子、荒廃した別荘地に管理組合を設立し復興を果たした別荘オーナー、限られた予算のなか二束三文の土地を買い上げ小屋暮らしを続ける移住者など、限界ニュータウンの特性を逆手に取った強かな生き様が描かれている。

一言でいうと、全く新しい本である。これまで限界ニュータウンの悲惨な現状はメディアで散発的に紹介されてきたが、大抵は単なる問題提起に終わり、行く末をため息交じりに案じる程度であった。一方、本書『限界ニュータウン』では分譲地の構造的な問題に触れるだけではなく、その問題が生じた経緯を分譲地の成り立ちから丹念に取材し、今後どのような解決策が考えられるかを移住者の視点から地道に模索する大変な労作である。

現在も精力的な取材は続いており、千葉県以外にもフィールドを拡大しながら、開発に失敗した別荘地や原野商法まがいの投機分譲地をYou Tubeで紹介している。

何しろ、誰もが歩きたがらない「獣道」の探索である。これからも独自の道を切り拓き、分譲地の抱える課題を暴きながら、半ばは怖いもの見たさの読者・視聴者の需要をも満たす活動を続けていってほしいと思う。

*1:一般的に、かつて大規模に開発されながら、高齢化と人口減によりゴーストタウン化した町を指す俗語。多摩ニュータウンや茨木台ニュータウンなどが有名。徒歩圏内にあった商店は閉まり、足腰が弱い高齢の入居者にとっては日常生活もままならず、その様子から「限界集落」と「ニュータウン」を組み合わせ「限界ニュータウン」という造語が生まれたのだろう。いつ頃から、誰が使い始めたのかも定かではないが、近年はそんなニュータウンの様子をYou Tubeで紹介する動きもある。本書においては、「限界ニュータウン」という呼称を考察するコラムが設けられている。