ざっかけないマンガたち

ちょっと変わったマンガを紹介します。

「噂の現場」が書籍化されてたのでひっそりとレビュー

老害老害と批判されながらお茶の間のご老人には圧倒的支持を得ていた「噂の! 東京マガジン」が地上波での放映を終えBSへ移行すると知り、私はどこか懐かしい気持ちでネットニュースを眺めていた。日曜の昼下がり、少し遅めの昼食を家族で囲みながら母親は「やって! TRY」の惨憺たる料理に眉をひそめ、「中吊り大賞」や「噂の現場」では父親が訳知り顔でくさす、という実に理想的なふれ合いが我が家の恒例となっていた。思えば何事にもひねくれた態度で世の中と接するようになったのは毎週開催されるこの情操教育の成果であり、「噂の現場」で紹介される欠陥住宅や土地にまつわる様々なトラブルは解決の糸口を何ら見出だせずに終わることが大半で、社会の矛盾を眼前に突きつけられたまま淡々と食事を続けるのは何とも重苦しい体験だった。

そのような事情で、当時の記憶を追体験するかのように仙台の限界郊外を好んで訪問しているのは案外楽しんで視聴していた証左なのかもしれないが、今回記事にしたいのは陳腐な郷愁ではなく、実は「噂の現場」が書籍化されており、読んでみたら結構面白かったという話である。

www.huffingtonpost.jp

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名物コーナーが書籍化されていた。出版年は1996年。

 まえがきには「噂の! 東京マガジン」で長年司会を務めた森本毅郎が感慨めいた文章を寄せている。1989年に始まった番組が放送300回を迎えたことが出版の経緯らしい。「噂の現場」についてはこのように記していた。

「何やらもめ事があるらしい、何やら理不尽なことがまかり通っているらしい、何やら怒っている人がいるらしい……という『噂』を聞きつけると、(中略)個性豊かなリポーターたちが『現場』に駆けつけた」

「リポーターが『噂の現場』をめぐっているうちに、乱開発と住民生活との相剋が鮮明に浮かび上がってくる」

「取材から見えてきたものは、日本が抱え込んだ経済優先主義の弊害であり、行政の事なかれ主義であり、何よりも弱者切り捨ての論理である」

 「噂の現場」の基本的な流れはこの序文のとおりで、リポーターが乱開発の現場を訪れ近隣住民の不平不満を聞く、その後開発業者や役所へ突撃し事情を聴取するが怒声を浴びるか通り一遍の対応をされて終わり、スタジオへ返して井戸端会議を開くという構成である。要するに、週刊誌で取り沙汰される諸々の社会問題をテレビで放映してしまおうとの企画であり、その趣旨は庶民の心を見事に掴んで名物コーナーとなっていったのだろう。

目次に「噂の現場」の一覧が並ぶ様子は中吊り広告そのもので、見出しだけで大体のイメージが膨らんでくる。

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第1章は「土地、住宅にまつわるトラブル」

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第2章「ゴミ、環境汚染にまつわるトラブル」、第3章「食べものにまつわるトラブル」

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第4章「これだけは知っておきたい身近な危険」

 

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全19事例の構成比はこちら。東京に次いで千葉がワースト2位となっている。

 巻頭を飾るトラブル事例は千葉県山武の「夢のマイホームはゴミの上に建っていた」。山武市といえば全国1000市区町村を対象とした魅力度ランキングで2020年ワースト1位となったことは記憶に新しいところだが、90年代の当時としても不名誉なトップランナーを務めていたのである。道路開発や不法投棄のトラブルは不便さや嫌悪感に留まっているのと比べ、山武の事例は住民の生活へダイレクトに被害を及ぼしている点が極めて深刻といえる。

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もっとも象徴的なトラブル事例が巻頭を飾っている

トラブルへ切り込む前に、導入としてマイホーム購入と都内通勤の実情が語られている。曰く「庶民にとっては東京都内にマイホームを建てることなど夢の夢」「夢を叶えようと思えば、まず通勤時間九十分以上は覚悟しなければならない」と現在と全く同じ事情である。そんな中「東京駅から総武線で約一時間半、都心への通勤圏としてはこの辺がギリギリ」と評される千葉県山武で105坪、4DK2階建てが2500万円で建つという。破格の値段に釣られ東京から移住してきた「佐藤さん」はほどなく異変に気づく。

「庭の土がまるでドブをさらった泥土のように汚いので、ためしに掘ってみると土の中からジュースの空き缶や百円ライターなど、ガラクタがたくさん出てきた」

「出るわ出るわ、道路のアスファルトの破片、大きな針金の塊、電池、さらに薬品のビンまで。おまけにそのビンからは白い液体が流れ出てくる始末」

この事態に対し取材班は関係者から驚きの証言を得る。

ある宅地造成業者

山武町周辺は起伏に富んだ地形のため違法投棄が多い。至るところにゴミが埋め立てられており、ゴミの上に建つ家がほかにあっても不思議ではないね」

私有地をゴミ処分場として貸していた地主

生ゴミから電化製品まで、ありとあらゆるものが投棄されていた」

ゴミ処分場の上に盛土されただけの土地が、宅地として売りに出されている可能性が十分にある

自称"宅地造成屋”

「仲間からトラック百台分ばかし建築関係の廃材をどうにかしたいと相談されて、造成地に埋めたことがある。でも建築関係の廃材ぐらいなら害はないけど、怖いのは、薬品会社から出たような廃棄物を埋めてることだよ。正直いって、廃棄物に携わっている者はみな、これでいいのかと思っていますよ。あちこちいってみてよ。そこいら中に何がなんだかわからないものが埋まっているから。しかもその上にはドーンと家が建っているんだからな

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関係者の証言を元に作成されたイメージ図。「そこいら中に」このような造成地があるらしい。

不法投棄だけでも大問題であるが、有害なゴミがその辺に埋め立てられ、さらに隠蔽するかのように宅地造成までされた事実には驚きを越えて呆れ果ててしまう。庭を掘ったらすぐ出てくるという杜撰さからも不動産屋、住宅会社が皆グルになって売りさばいたのではないかと勘繰ってしまう。

こんな有様では土壌汚染がすぐさま疑われるのだが、元々山武地域は飲料水等の生活用水を全て井戸水で賄ってきた歴史があり、取材当時の平成初期は水道事業が発足もしていなかったため、周辺住民にとっては命に関わる危険が迫っていたのである。取材班が山武の井戸水を持ち帰って検査したところ、案の定基準を超えるチッソが測定されたようだ。

また本文では指摘されていないが、ゴミだらけの杜撰な造成では地盤沈下の可能性も出てくるだろう。北総の限界ニュータウンを数多く訪問している吉川祐介氏のブログでも山武地域の不法投棄や粗悪な造成については常々糾弾されており、実際に沈下した分譲地の写真も投稿されている。

urbansprawl.net

 

取材班が山武町長に現状を把握しているのか尋ねたところ、誠にあっけらかんとした調子のコメントがなされていた。

 山武町

「そんなところ(違法投棄した場所にできた造成地)があるかも知れませんけど、町の許可を受けていないで宅地造成をやっているところがあるからね。あってはならないことなんだが、どんどんお構いなしにやっとるんですよ」

「宅地造成業者は、山林の造成を規制するチェック機能がうまく働いていないことをいいことに、宅地造成を行なっているので、行政も打つ手がない」

 町長の発言では違法造成についても示唆されているのだが、行政に打つ手がないからといって黙認する事態では全く無く、「対策を県と協議しています」とかもう少し気の利いた発言ができないのかと感じてしまう。住人の危機的状況に対して他人事のような態度を取っているのも解せない。こんな様子では魅力度ランキング最下位に沈むのも至極当然といえるだろう。

 結局、山武のゴミ埋め立て事例は「今後、家を購入する向きは、念には念を入れてシャベル持参で土中をチェックしてはいかがだろう?」と慰めにもならない一言を添えて何の解決策も示されずに終わる。「噂の現場」の放映もほぼ全てがこの後味の悪いパターンであり、まれに「現場」を再訪する回が組まれ解決に向かっての光明が見えてくる場合もあるが、件数としては少ない印象であった。

書籍の方ではそこのところを反省したのか「その後」を追加取材した事例が多く、単なる焼き直しとなっていない点が嬉しい。

今回は山武の事例だけをピックアップしたが、折に触れて読み返し、他の事例についてもポツポツと紹介していければと思っています。

 (出典)『噂の現場 まじめに暮らして馬鹿をみないための「役立つ社会学」』1996 TBS『噂の! 東京マガジン取材班』編 ザ・マサダ